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広島高等裁判所 昭和56年(ネ)280号 判決

控訴人(原告)

原本義隆

被控訴人(被告)

中国新聞輸送株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し二二〇五万二六〇〇円及びこれに対する昭和四九年七月一二日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに金員支払いを命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の関係は、控訴人において証人井上清司の証言を援用したほか、原判決の事実摘示と同一である(但し、原判決二枚目表末行の「広島市」を「広島」と、同裏六行目の「除行」を「徐行」と、五枚目裏三行目の「過失相殺」とあるを「過失割合」と改める。)から、これを引用する。

理由

一  請求原因1の(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがなく、本件事故が加害車両の運行によつて生じたものであること及び控訴人が同1の(六)のとおり受傷したことは、成立に争いのない甲第一ないし第一〇号証及び証人原本登志代の証言により認められ、これを覆すべき証拠はない。

二  進んで、請求原因2について判断する。前掲甲第六ないし第九号証、証人梶江博文(後記信用できない部分を除く。)、同井上清司の各証言、訴取下前の被告本人井上清司の尋問の結果(第一、二回)を総合すると、次の事実が認められる。

1  被控訴会社は、昭和三八年七月に設立され、肩書所在地(中国新聞社ビル)から日日広島市内及びその他各地の販売店へ中国新聞を配送すること及びその他の一般輸送を目的とする会社であり、本件事故当時の昭和四九年ころ、その従業員のうち運行係りである一六名位の者が貨物自動車約一〇台により広島市内及びその他の都市の販売店に対する配送業務に従事していたが、従業員による配送だけでは処理し切れないので、広島市内の販売店の一部及びその近郊の販売店への配送については、被控訴会社が別に契約した約一一名ぐらいの者にこれを行なわせていた。

2  契約配送に従事する者(以下、契約配送者という。)はいずれも自己の自動車を用いて配送に当つていたが、毎日深夜に被控訴会社へ赴き、午前二時ころ積載を終えて配送を始め、午前五時ころまでに荷降しを終える。

3  右契約配送に対しては傭車料名で報酬が支払われており、それは大部分の者について距離を基準にして一回の金額が算出され、人によつて日給制の場合と、月末締切り翌月一〇日払制の場合とがあつたが、ほかにはガソリン代、修理費等いかなる名目においても金員は支給されず、また何らかの便宜が供与されることもなかつた。

4  被控訴会社は、新聞の積載の前に同社従業員に契約配送者の出欠を確認させ、更に日報(当日の出発及び帰着の日時等を記入したもの)を翌日会社に提出させていたが、これは新聞の性格上配送の確実を期するためであり、他方被控訴会社はこれを前記報酬算定の資料ともしていた。

5  契約配送者は配送終了後は何ら被控訴会社から拘束を受けることなく、各自他の仕事に従事することも全く自由とされていた。契約配送者と被控訴会社との契約期間は一年とされていたが更新されるのが通例であり、なお、被控訴会社の社名やマークを車体等に記入することは一切許されていなかつた。

6  加害車両の運転者井上清司も、右契約配送に従事していた者のうちの一人であり、本件事故当時、毎日午前零時三〇分ころ控訴会社へ赴き、同社従業員と共に自己所有の貨物自動車に新聞を積込み、午前二時ころ出発し、広島県呉市内の販売店数個所に順次配送して午前五時ころ同県安芸郡倉橋町室尾の販売店を最後に帰途につき、自宅と被控訴会社とが近いため前記日報を同社に立寄つて提出したうえ午前七時ころ帰宅し、暫時休息の後午前九時ころから午後四時ころまで明治屋でビール等の運送作業に従事していた。井上が被控訴会社から得る収入は一月約二一万円、明治屋から得る収入は一月約一〇万円であつた。

本件事故当日井上は、いつもの通りの時間に配送を終え、その帰途、破損したタイヤを広島市内の修理工場へ預け、再び帰路についた矢先に本件事故を発生せしめたものであるが、同人は被控訴会社に対する本件事故の報告についてはその必要がないものと考えてこれを行なつていなかつた。

7  以上のとおり認められ、証人梶江博文の証言中、右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、被控訴会社は当初井上を臨時に傭入れていたとの控訴人の主張事実を認める旨の陳述をし、後にこれを撤回して井上とは傭車契約を締結していたにすぎないと主張するに至つたが、右認定したところによると、井上は被控訴会社との間に新聞の配送契約を締結していたにすぎないのであるから、被控訴会社の同陳述は真実に反するものであり、従つてそれは錯誤に基づくものと推定されるから、その撤回は有効というべきである。

三  以上認定の事実からすると、井上は被控訴会社との契約に基づき、同会社の営業の重要な部分を占める新聞の配送業務を継続的に行なつていたのであるが、同配送業務に従事していた者は井上の他に一〇名もおり、従事する時間も深夜から早朝までであつてそれ以外の時間はいかなる業務に就くことも自由とされ、配送には各人の自動車を使用し、しかもそれに被控訴会社の名前等を表示することは禁止されており、配送に対しては傭車料として報酬が支払われるほかは他に金員の給付されることも何らかの便宜が供されることもなく、また井上は被控訴会社からの報酬にのみ依存していたのではないから、井上と被控訴会社との間に専属的な従属関係が存在したと認めるのは困難である。そしてまた被控訴会社が加害車両の管理、運行につき直接間接これを支配し、その運行利益を享受していたものと認めることもできない。

しかも本件事故は井上が被控訴会社との契約に基づく新聞配送の終了後、自己の車の破損したタイヤを市内の修理工場に預けに行つた帰りに発生したものである。

四  されば、被控訴会社に対しては本件事故について使用者ないし運行供用者としての責任の何れをも問うことはできず、従つてその余の点の判断に及ぶまでもなく控訴人の本訴請求は失当として棄却を免れないものである。

五  よつて、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので、これを棄却すべく、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福間佐昭 梶本俊明 中村行雄)

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